HEALTH JOURNAL

傷が治っても痛いのはなぜか

『気のせい』では説明できない、痛覚変調性疼痛という仕組み

執筆:YOKOHAMA BASE編集部
監修:宮城 智哉(理学療法士)

健康について専門職へ相談する人

傷が治ったのに痛い。その痛みは偽物ではない

検査では大きな異常がない。炎症も落ち着いた。それでも腰が痛く、全身がこわばり、触れただけでつらい。こうした人が『気にしすぎ』『異常がないなら大丈夫』と言われると、痛みだけでなく自分の感覚まで否定されたように感じます。

痛覚変調性疼痛は、組織損傷による侵害受容性疼痛や、神経病変による神経障害性疼痛だけでは説明できない、侵害受容処理の変化による痛みです。原因がないのではなく、痛みを調整するシステムの働きが変わっています。

YOKOHAMA BASEの主張:痛覚変調性疼痛は『心の弱さ』ではありません。身体を守る警報装置が高感度になった、現実の生理学的な痛みです。

痛みは、末端から脳へ上がるだけではない

痛みの信号は一方通行ではありません。脳と脊髄には、入力を増幅する仕組みと抑える仕組みがあります。危険が続くと判断すれば警報を上げ、安全だと判断できれば抑えます。睡眠、注意、感情、記憶、周囲の環境もこの調整へ影響します。

痛みが長引くと、脊髄ニューロンの反応性が高まり、広い範囲の刺激へ反応しやすくなることがあります。脳でも感覚、注意、情動に関わるネットワークの働きが変化します。組織の状態が同じでも、痛みの出力は以前より大きくなります。

広がる、変わる、他の不調と重なる

痛覚変調性疼痛では、痛みが一つの神経や組織の範囲に収まりにくく、日によって場所や強さが変わることがあります。軽い圧で強く痛む、光や音、温度に敏感になる、疲労、睡眠障害、集中困難が重なることも手がかりです。

ただし、症状が広いだけで自動的に診断するものではありません。炎症性疾患、内分泌疾患、神経疾患などを見逃さず、侵害受容性・神経障害性の要素を評価したうえで、臨床像全体から判断します。

痛みを恐れるほど、警報の根拠が増えていく

動けば壊れると思い、活動を避ける。体力が落ち、少しの動作で疲れる。眠れず、注意が痛みへ向き続ける。仕事や家庭での役割を失い、不安が強まる。この循環は、脳に『身体はまだ危険だ』という情報を与え続けます。

ここで重要なのは、考え方だけを変えれば治るという話ではないことです。活動低下、睡眠障害、孤立、ストレスは神経系と身体機能を実際に変えます。だから治療も説明だけではなく、身体と生活の両方を少しずつ変える必要があります。

検査を繰り返すだけでは、安心が続かない理由

重大な病気を除外する検査は必要です。しかし新しい損傷だけを探し続けると、小さな画像所見が新たな恐怖を生み、痛みの仕組みは置き去りになります。異常がないという説明だけでも、痛みが続く本人は納得できません。

必要なのは『壊れていないから我慢する』ではなく、『現在は警報の感度が症状を支えているため、下げる条件をつくる』という説明です。痛みの意味が変わると、安全な動作を試す余地が生まれます。

警報の感度は、段階的に下げられる

痛覚変調性疼痛の治療は、一つの特効薬ではなく複数の回復条件をそろえることです。痛みの教育、無理のない有酸素運動や筋力運動、睡眠への介入、活動のペーシング、必要に応じた心理療法や薬物療法を組み合わせます。

症状を大きく残さない量で、身体を使える経験を反復する
良い日に動きすぎ、悪い日に完全停止する波を小さくする
痛みだけでなく、睡眠、疲労、歩行、仕事、楽しみを回復指標にする
再燃を損傷の証拠と即断せず、その前の負荷と回復を見直す

まとめ

痛覚変調性疼痛は、傷が見つからないから存在しない痛みではありません。痛みをつくり、増幅し、抑える神経系の調整が変化した痛みです。痛みを否定せず、同時に身体が壊れ続けているという解釈から離れる。そのうえで安全な活動と回復を重ねることが、警報の感度を下げる道になります。

受診を急ぐべきサイン

急に始まった激痛、発熱、原因不明の体重減少、進行する脱力や感覚低下、排尿・排便の異常、会陰部のしびれ、外傷後の強い痛みがある場合は、痛みの種類を自己判断せず医療機関へ相談してください。本記事は一般的な健康情報であり、個別の診断を目的とするものではありません。

よくある質問

痛覚変調性疼痛は気のせいですか?

違います。侵害受容を処理・調整する神経系の働きが変化した現実の痛みです。心理的要因だけで説明するものでもありません。

検査で異常がないと診断されますか?

異常がないことだけでは決まりません。他の疾患や痛みの仕組みを評価し、痛みの分布、過敏性、随伴症状など臨床像を合わせて判断します。

運動すると悪化しませんか?

急に大きな負荷をかければ悪化することがあります。現在続けられる量から始め、反応を見ながら段階的に増やすことが重要です。

参考文献

  1. IASP Pain Terminology: Nociplastic pain
  2. Nociplastic pain: towards an understanding of prevalent pain conditions
  3. Clinical criteria and grading system for nociplastic pain affecting the musculoskeletal system
  4. Nociplastic pain and central sensitization in patients with chronic pain conditions